世界で一番・・・<第2話>






爽快な青空の下―――にぎわいを見せるはずの市場で、恐怖に強張った悲鳴が教会の鐘に混ざって響いた。
アベルジ王国の中心部に位置する市場は、アベルジ国民達の生活の中心として、食料から衣類、装飾品などが揃う国最大の大市場だった。
それだけでなく、外国から来た商人達も許可書さえ持っていれば、自由に商売が出来るため、各国々からも集められたより取り見取りの珍しい商品が、ここでは揃えられている。
本来朝の時間帯と言えば、生きの良い新鮮なモノや上質な布や小物を求めて人が殺到し、毎朝懲りることなく身動きが取れないほど人だかりが出来るはずだったが、この日だけは事情が違っていた。
いつもならば当たり前にあるはずの人の塊も、今や円を描く石畳が覗いていて、所々には売り物であったのだろう―――雑草のように捨てられた野菜や果物が転がっている。
端から一列に並ぶ店は全て幕で仕切りを作り、店が折りたたみ出来るよう安易な構成になっているのだが、慌てていたのか主がいないのにも関わらず、テントは開きっぱなしだった。

―――それだけの『危機』が、市場で起こったのだ。

ついに教会の鐘さえ聞こえなくなった。寂寞とした人気のない市場で、噴水の水が流れて落ちる涼しげな音だけが響く。
市場の構成は平和の象徴として生みだされた噴水を中心に作られている。噴水の真ん中には森の妖精を模った銅像が、祈るように両手を絡ませ、膝をついていた。

―――しかし残念ながら、長年市場を見守ってきた妖精の祈りは届かなかったらしい・・・。

いきなり、妖精の銅像に向かって何かが投げつけられた。柔らかいそれはべしょりと音を立てて潰れ、妖精の顔を汚す。
当たったのはリンゴだった。流れて落ちても、果肉が優しげな妖精の頬についたままだ。

「―――ふん。鬱陶しい銅像だ」

無礼にもリンゴを妖精に投げつけた本人であるレッドは、唾を吐き捨てるように鼻を鳴らした。

人とは思えない『異形の手』で掴んだリンゴを、長細い口の中に放り込んだ。
むしゃりと、何もかもを噛み砕きそうな犬歯がリンゴの姿形を残すことなく腹の満たしにするが、こんなものだけで足りるような胃袋では無い。


「―――ふん」


やはりレッドは楽しくも無いのに鼻先で笑い飛ばす。
胸を逸らし、まるで自分の存在を誇示するように。
けれどやはり面白くなさそうに、誰にも臆さないような態度を示すレッドだったが、

「―――ねぇ?あなた・・・」

背後から聞こえた今にも歌いだしそうな少女の声に、レッドの背は文字通り豪快に跳ね飛んだ。
未だ嘗て無い―――己の姿を分かっていながら逃げない大ばか者がいた。
レッドはそれに驚いて、視線を後ろに流す―――けれど相手の顔はなるべく見たくない。
誰が恐怖に歪んだ顔を見たいものか―――自分のこの姿を見て、青ざめた顔など・・・
けれど背後の人物を確認が出来ず―――だが微弱ではあるものの気配はあるようだ。

そして鼻腔を擽るのは女の柔らかそうな匂い。

香水を振り掛けたような香りではなく、それはまるで花本来から香る仄かなもの。
レッドの先ほどの誇大していた態度から一変――― 一直線に伸びきった大きな尾と体は、ぴんと一直線に硬直した。
嘗てない緊張に耐えかねて、ごくりと、赤い鱗に覆われたのど仏が音を立てて唾を飲み込む。
そんな己が情けなく、レッドは冷や汗をかいていることも気づかぬまま、内心で叱咤する。

―――しっかりしろ、俺。一体何に震えている?たかが小娘。怖いもの知らずの生意気など泣かせてやればいい・・・

その異形の姿に警戒心するように、少女は少しずつレッドに近づいていくのを気配で感じながら、時はまるで止まったかのように遅く感じる。
カツンと、ヒールの高い靴の音が噴水場に鳴り響き、そのたびレッドの額からは冷や汗が滝のように生じるのだった。

その理由は分らない。

ただ人がここまで自分に近づいてきた経験がないから、一体どうすればいいのかと困惑しているだけだ。
けど、どうせなら早くどこかへ行って欲しい。

この『姿』を目に留まらせないで欲しい。

「ねぇ・・・、あなたは誰?」

優しさを含んだ少女の声。

「・・・もしかして・・・お話出来ないの?」

不思議そうに問いかけるその声音に、嫌悪感を抱く。

どっかいけ―――近づくな、と。

「そういえば今日は妙に静かねぇ。何故誰もいないのかしら??どこへ行ってしまったのか、あなたはご存知?」

それは己に対する皮肉口なのだろうか?

普段ならば人で栄えている市場で、忽然と人が消えてしまった理由など、この『異形』を目の当たりにすれば、どんな愚鈍でも本能で理解出来る。
それをこの様に尋ねて、己にそれを再確認させるなど、ずいぶんとすばらしい性分をしているじゃないか。

「―――それはだな、俺がみんな食っちま・・・―――」

人で言う冷笑を浮かべ、歪みきった口元を尚も歪ませて振り返った瞬間だ。


「・・・っ!!」


苛めて泣かせて傷つけ、追い返そうと企んでいたレッドの頭は一気に蒼白に移り変わり、石のようにその場で時を止める。

正確には、恍惚していたのだ。

「あら?なぁに?どうしたの??まるで・・・そうねぇ。開いた口が塞がらない状態みたいよ、あなた・・・」

貴婦人達の間で流行だと言われる、レースと刺繍に飾られた桃色のドレスを揺らし、可愛らしく首を傾げる仕草は企んだ様子も無く、不思議そうながら楽しげな美しい青を秘めた両目が零れ落ちてしまいそうなほど笑んだ。
白に近いけれど、健康的な色合い。
少しふっくらとした頬に笑窪を作り、その態度も自然だった。

化粧一つ施されていない唇だったけれど、どこか妖艶でありながら清楚なイメージも捨てきれず―――しかしその矛盾にも気づかない美しさ。

絹のように揺れる蜜色の髪を後ろへ流す仕草は相手を魅了するという意味ではなく、ただ単に邪魔だったようだ。
飾らない内面を思わせながらも、それが逆に色となる―――そんな少女を、レッドはしばらく瞬きや皮肉口すら忘れて見入っていた。

それにしても、まるでどこかで乱闘にでも巻き込まれたように、体中に木の枝や葉っぱが引っ付いているのは何故だろう。

「・・・?どうしたの?どこか具合でも悪いの?」
「―――!!」

それは少女の濁り一つ無い瞳に、醜い己の姿を見つけてしまった途端だった。

「う・・・うるせぇ!!お前なんかに用は無いんだよ!!どっか失せやがれ!!」

何故か見上げてくる少女の視線から逃げ出したい一心で、思わず空の方向へ翼を広げた時、小さな手が―――しかし有無を許さない強引な指先が尻尾を捕んだ。

「待って!!」

逃がさないとばかりの握力に、倍近くあるレッド体は一瞬ながらバランスを崩し、進行方向に大きな障害を齎した。
射止められれば、空を飛ぶものが落下するのは意図も容易く。

「ふがっ!」

意識するよりも早く、不意打ちを喰らったレッドはもろに四肢を石畳に叩きつけられた。
地響きと共に、その周りの石が粉々に砕け散り、転がっていく。
痛みよりも自分を引き止めたあの力強さに驚きを露にしようとしたが、それに勝る痛みに呻きながら耐えた。

痛いし、驚いたし、だけどやっぱり痛い―――

泣き所を突かれ、生理的に目になったレッドの元へ、慌てた様に足音が近づいた。
かがみこむ少女の白い皮膚がレッドの両目に写りこんだかと思えば、少女の好奇心に溢れた顔が覗きこんでいる。
警戒心どころか、興味に満ち溢れ、隠し切れないような笑みがそこにあった。


―――ななな・・・なんだコイツっ!


こいつは本当に人間なのだろうかと、あまりにも近いその距離に怯んで、赤の鱗から滝のように冷や汗が流れる。

「あなた空が飛べるのね!!素敵だわ!!」

少女は花を称えるような微笑を浮かべたかと思ったら、出る言葉も出ないレッドにこう切り出した。

「―――ねぇ、『ドラゴン』さん。私を誘拐して下さらないかしら?」

体中の全ての機能が停止した瞬間だった。



**********



「―――説明してもらおうか?」

まさしくその名にふさわしいこの姿。
人とは思えない朱色の頑丈な皮膚を身にまとい、短い手足には鋭角の爪が五本。
背には本で見る悪魔のものに似た朱色の翼が丁寧に畳みこまれ、大よそその背中には二人分の席が空いている。
首は己の背中を見れるほど長く、頭に魚の尾びれに似たそれが両端から生え、ぴくぴくとその声を聞き取るように動いている。
額にはこの世の五大神秘にでもなりそうなほど、目を釘付けにされそうな丸型のガーネット石が炎を纏ったかのような美しさを閉じ込めて、埋め込まれていた。
長細くも大きな両目は炎のような輝きを放ち、刃物のように鋭い瞳は、間違いようも無く野獣のモノ。

外見からして身の毛もよだつ醜悪なその姿を、人は『ドラゴン』と呼んでいた。

犬で言えばお座りの状態で、レッドは憮然とした様子で噴水場の一角に佇んでいる。
少女も収まらない好奇心に目を輝かせ、レッドを見上げるその視線に恐怖の色はない。
顔を逸らすどころか痛いほど見つめられている現状に、レッドは油断を許さないようにと眉間に皺を寄せていたのである。

―――何故

何故この女は自分を怖がらないのだろう、と。
警戒にも似た思いを過ぎらせる中、少女はどこか慌てた様子でレッドに食いついてきた。
祈るように両指を絡ませて、レッドをまっすぐと見上げる。

「―――私、誘拐してほしいと思ってるの」
「・・・それはもう聞いた。その理由を言えと俺は言っているだろ!?」
「結婚したくなから」

即答してしまった少女は不機嫌そうにその柳眉に皺を寄せた。
瞬きを二度繰り返してから、状況が未だに把握できていないレッドだったが、気まぐれな彼は意地悪に企んだ。

「・・・結婚の何が気に食わない。・・・―――さては政略婚の駒でもされたんだな。だったら諦めてしまえ。女なんぞ所詮政治の道具でしかねぇんだよ。・・・しかしまぁ、そこまで嫌がるなんざぁ、是非とも相手の顔を拝んでみたいもんだぜ。相手は相当の不細工か?それともだいぶ年の離れた、豚のような男か・・・?どっちにしろ将来は真っ暗だな」

「王子様なの・・・」

予想外の答えに、レッドは沈黙した。

「私の夫は王子様なの・・・」

不満そうに、けれど落ち込んだ様子を見るからに本当に望んでいる様子は無い。
『訳』が分らない。分らないが、もしかすると・・・という変な勘<嫌な予感>だけがレッドの心の蟠りを大きくした。

「―――お前、何者だ・・・?」
「私は―――・・・」

まるで職業を紹介するように、美麗の少女は言った。



「私は『シャルロット』。この国の第三王女をやってるわ」
「・・・王女だと?・・・はんっ!!―――この国の王女だと?!」


やっぱりかと思いながら、けれどイマイチ目の前にいるのがお姫様という実感は無く、王女とは何だったか―――などと頭が混乱する始末だ。
確かにその美しい容姿や衣服類を見れば、それはそれは高貴な人なのだという事は分ったが、何故一人でいるのか―――
逃げてきたと考えれば妥当だが、しかし到底こんな棚から牡丹餅並みに、国の王女と街中で遭遇した現実を受け止められない。
国民ですらその対面は文字通りの天と地の差の距離。
その尊顔を見れるのは大変名誉な事であり、こんな風に気がるに歩いてきたり、頼んできたり、名を名乗ったり、身分を明かしてしまう事等決して無いはずなのだ。

「・・・それにしても気にいらねぇな。そこら辺にいる盗賊でも何でも頼めばいいだろうっ!」

王女だかなんだか知らないが、誘拐などと言う人聞きの悪い事を頼まれるような現状は気に喰わない。

「あなたなら迷惑を掛けないわ」
「―――はっ?」
「私が誘拐されれば、お父様は必ず犯人を殺してしまうもの。だからあなたが的確よ」

レッドは怒りに体が震えあがるのを知った。

この忌み嫌われるドラゴンの姿だから―――だから殺されても構わないというのか?

だから的確だと、そう言っているのか?

そう解釈した瞬間―――煮えくり返った感情が怒りを爆発させた。
シャルロットをその片手で放り投げるように突き飛ばし、突然の攻撃に短い悲鳴を上げて少女は難なく地面に尻餅をつく。
衝撃でドレスの布が少し破けてしまったようだ。

「ふざけんなっ!!俺だと的確??ああそうだろうよ。醜く、この世にいる価値も無い俺だ。むしろいない方が清々されるような悪竜だろうよ!!―――てめぇなんぞのわがままになんか付き合ってられるかっ!!とっとと目の前から消え失せないと頭から食っちまうぞっ!!」

罵声を少女に浴びせてから踵を返せば、その尾びれをシャルロットががっしりと掴んだ。

「違うのっ!!」

血相を変えた様子で、ただ必死にシャルロットは頼み込む。

「違うわっ!そんな事思ってない!!あなたが殺されていいなんて思わないわっ!」
「何とでも言えばいい!!」
「ねぇっ!お願いっ!あなたなら飛んで逃げれるでしょう?たとえ追い詰められても、あなたなら逃げる事が出来るわ。でも私に翼は無いの。逃げれないから、お願いしてるの!!」

今にも泣きそうに顔を歪ませて、まるで傷つけた事実を謝るように見上げてくる。
しばらくの間謝っていたかと思うと、急に何かを思案するように視線を泳がせ、今度は思いついたことが嬉しそうに、ぽんと自分の手に平に拳を置いた。

「そうだわ!!」

―――なんとも喜怒哀楽の激しい奴だ。
先ほどのも演技だったのではないかと、怒りを抑えきれない歪んだ心は尚も疑って掛かる。

「その代わり、欲しいものならなんでも差し上げるわ。あなたの望みは?あなたは一体何が欲しいの?」

誘惑にも似た問いに、レッドは匂いに釣られるように心が少し動きだす。
そんな魅力的な条件を―――しかもこの国の王女という立場の人間だ。
その褒美に期待してしまうのは、それほど間違った反応では無いはずである。

「・・・欲しい物をお前がくれると?」
「ええ。一体何がお望み?」

レッドはしばし考えるように沈黙した後、しかし、少し渋るようにして言った。





「『この世で一番美しいモノ』が欲しい」





今度はシャルロットが柳眉に皺を寄せ、困ったように沈黙してしまう。

「・・・世界で一番・・・美しいもの・・・?」

大抵ならば何を言っているのかとその視線は痛くなる事を想定していたが、やはりこの少女。
少し人とは違う価値観を持っているようだ。
真剣に考えていた様子だった―――が、すぐに何かを思い出したかのように、その顔が輝いた。

「私が住んでるあの城には『この世で一番美しい宝石』がある話よ。家宝だと言っていたけれど・・・そうねぇ。私を誘拐して、身代金として要求すればいいじゃないかしら。―――きっとそうすれば手に入るわ」
「本気か・・・?」
「本気よ!!」

仮にもお姫様がそんな誘拐劇を瞬時にして作り出してしまった事実に呆けつつ、しかし言われてみればそうかもしれないとレッドは悪役の笑みを浮かべた。
この女を使えば手に入る。 世界で一番美しいと、その評判である宝石が欲しい。



「それはいい考えだ。―――女。協力してやるよ」


レッドは尖った歯をむき出しにして笑う。
自分のためならばなんでも出来る。
誘拐だろうが殺人であろうが、目的のためならばなんでもしてやろう、と。
まるで醜いこの心を映し出したようなドラゴンの姿はゆっくりとシャルットの方へ向いた。

「約束は守ってやる。だがな、俺はお前を大事になんてしない。逆らったら殺す。―――いいな?」
「構わないわ」

大きく頷くシャルロットに、レッドは畳まれた翼を翻す。
閉じていた翼が広がる瞬間の、なんと力強い事か。

「きゃぁあ!!」

全てを壊して周る暴風が広場の障害物を飛ばし、目さえ開けず手で覆っていたシャルロットは転がるようにして地面に倒れてしまった。
それすらも無関心のまま、レッドは細長い背中をシャルロットに見せつけ、そして短く命令する。

「乗れ」
「え・・・?でも、どうやって乗れば・・・?」

恐る恐るといった様子で、どうやって背中の高さまであるその背に乗ろうかと、体に触れた瞬間だった。
じゅわりと、皮を焦がし肉に侵食するような熱さに、文字通りシャルロットは体を跳ね上げて手を離す。

「熱いっ!」
「おっと。悪いな」

レッドは陰湿的な笑みを浮かべ、まるでそれを最初から知っていたように、心にも無く謝る。
レッドは冬眠を避けるため、季節の激しいこの地方に対応して己の体温を自由に調節できる能力があったのだ。

「・・・どうしてなのかしら・・・?」

何が起こったのかまったく理解できず、先ほどまでは普通に触れられたというのに、どうしてなのか―――とシャルロットは混乱している。
それがどうしようもなく、レッドにとっては楽しかった。
何故かシャルロットが困惑し、不安に駆られるその様が、なんとも言えない快楽だったのである。
全ては美しさを秘めたその容姿に対する嫉妬と、根から腐っているレッドの冷え切った心がそうさせたのだ。


まさに―――最悪の魔物<化け物>。


レッドの陰湿的な悪戯に気づけるわけも無いシャルロットは残念そうに顔を曇らせ、レッドに懇願する。

「あなた背中が熱いの。乗れないわ。どうしたらいいのかしら?」
「勘違いするなよ―――お前は俺の命令に従っていればいいんだ。俺が乗れと言ったら乗れ」
「・・・けど、私には乗れないの」
「誘拐されたいんじゃないのか?」

シャルロットは何も言えず、追い詰められたかのように黙り込んだ。

「そうなのだけれど・・・」
「だったら乗れよ」


卑劣だ―――


シャルロットはきっとそう思っているだろう。
この少女を増悪に歪ませた時を想像すれば、何故かレッドの心は躍った。
この少女をなんとしてでも『美しい』対象からどん底にまで引きずり落としたかったのだ。
彼女とて人間。例え純真無垢とはいえ、醜い一面ぐらい一つや二つあるはずだろ。
レッドはそれが知りたくて仕方が無い。

「・・・私・・・―――」

ふいに、疑わない両目が哀しそうに、レッドを見上げた。
申し訳ない、とでも言うように・・・


―――この偽善者がっ!!


「ごちゃごちゃ言わずにさっさと乗れ!!女っ!なら俺が口に咥えて運んでやろか?言っとくがな、俺の歯はダイヤモンドすら砕く。間違ってその体に穴が開こうと文句言うなよ。それともあれか。鷲が獲物を掴むように、肉に爪を食い込ませて運んでやろうか?捕まる必要が無いから、さぞ楽だろうな。それぐらいの選択肢ならくれてやるさ」
「・・・人質は丁寧に扱うべきよ?だって人質は商品なのよ?やっぱり商品に傷があっては駄目じゃないかしら・・・?」
「ほぅ・・・。よく己の立場を理解してるじゃないか、女。だがな、最悪の事態、城を破壊し、その在り処を国王陛下直々にお尋ねするまでさ。―――それにしても、お前の血肉はさぞ美味なんだろうなぁ・・・。涎が出そうだ」

レッドの口調に怯んだ様子を見せ、しかし嫌味を含まない少女の声が、小さく呟いた。

「・・・私、あなたと仲良くしたいのに・・・」
「はんっ!羊を好きになる狼がどこにいる?単なる獲物でしかないだろう」

シャルロットは諦めたように息をつく。
再び手を掛けた時、一瞬だけ体を震わせていたが、少しレッドが体温を下げた事によってシャルロットは乗ることが出来た。
しかしそれでも生身の人間にとっては熱いだろう。
何度も体を小さく飛び跳ねさせて、なるべく触れないように気をつけているのが無様に思え、それがレッドには快楽となる。
必死に歯を食いしばり、余裕の無い様子を見せるのも、心地が良い。

「・・・っ!」
「黙れ。耳障りだ」

息を呑むことすら許さない。
不服を思わせるように低い声でシャルロットを脅す。
しかし魚のように何度も跳ねられては落ち着きが無くてしょうがないのも事実。レッドは体温をシャルロットになるべく合わせて、翼を広げた。

「ようやく兵士のお出ましか。・・・ずいぶんと遅いご到着だな」

人とは異なる、並外れた聴力。耳をぴくぴくと動かし、こちらに向かって複数の足音に、急ぐべきだと判断する。
鼻腔をつんとした匂いで利かなくなったのは恐らく、国だけでなく己すら取り囲む城壁に設置された大砲の準備が完了に近いからなのであろう。
さすがに『最強』を纏ったレッドドラゴンとはいえ、その鱗が剥がれ落ちるぐらいの負傷はする。
既に経験済みであるが故に、それがこちらに飛んでくる前には退散したいものだ。
両足が地を蹴って飛び立ち、向かい風が対抗するのを突き抜けるようにレッドは大空に舞った。

「しっかり捕まっておけよ」

しかし、その忠告は無意味に等しい事を彼は理解していた。




この熱い体を握り締めることなど、誰一人として―――・・・




僅かにレッド瞼が下りる。
己の姿を見て、背中に捕まったシャルロットの姿を見て―――やはり隊長格と思われる男と数人の隊員が武器を手に驚愕していた。
そこには絶望し、恐怖し、怒りに震え―――きっとその多くはこんなにも醜い己の姿に顔を歪ませているのだろう。

「王女様・・・っ!!」
「王女様が化け物に・・・っ!!赤いドラゴンに捕まっているぞ・・・っ!!」
「矢兵隊!!構え準備!!」
「隊長・・・っ!!駄目です、我らの王女にもしもの事があれば・・・っ!!」

錯乱し、状況判断が鈍り、その動揺はあまりにも大きく。
せっかく鍛錬された有能な部隊でも、この様に乱れてしまえば水泡に帰するというものである。
居座るようにして飛んでいたレッドは攻撃のタイミングを逃した事を好機と言わんばかりに、見下すように笑った。

「この女の命が欲しければ、あの山まで『世界で一番美しい宝石』とやらを持って来いっ!それが出来ないのであればこの女は死ぬ事になるぞ?俺の気が変わらない内に持ってくるんだな!!」

人間で言えば人差し指を山に向けて、下の兵士が恐怖に引きつった顔を見渡した。
相手が何かを言うよりも早く、レッドは岩場だらけのその山の頂上に向かって翼を羽ばたかせる。
まるで風を強引に切るように、素早く―――
先ほどまで口を閉じていたシャルロットだったが、防壁から随分離れた所まで来ると、遠慮がちに声をかけて来た。

「・・・レッド・・・。息苦しいわ。それに、少し寒くないかしら・・・?」
「ふーん。俺はなんとも無いがな」
「・・・ねぇ、お願い。もう少し低く―――」
「いちいちうるせぇなっ!終いには突き落とすぞ!」

癇癪を起こしたレッドの怒号は鋭く、シャルロットは諦めたように黙り込んでしまう。



―――俺が優しいドラゴンとでも思ったか・・・?


馬鹿な女だ。アホで間抜けな子供だ。

よりによってこの自分に誘拐など頼むからだ―――

さすがに今回の事で世界の無残さを思い知り、そして後悔している事だろう。
追い詰められた人間ほど、その汚れた本性が現れるもので、レッドとしては早く彼女が後悔に苛まれ、自我を失い、恐怖と絶望に荒れ狂う姿が見たくてたまらなかった。
彼女は怒り出すのか?それとも泣き出すのか?
レッドからしてみればシャルロットの粗探しはゲームなのだ。


(―――ん・・・?)


ことりと―――心地よい音が聞こえた。
それは彼女の、あまりにも穏やかな心臓の音。
気づいた途端、レッドは己の感覚をまず先に疑った。
これだけ恐ろしく、傷つけられて尚、彼女の心に動揺も怒りも無いとでもいうのか?
シャルロットの小さな体が震えているのを皮膚の代わりを担う鱗から感じ取りながら、必死にしがみ付くその存在を嫌悪する。
まるで縋られているみたいで、それは、嫌だ。



・・・―――気持ち悪いんだよ・・・


その歪んだ想いが彼女によって変わる事になろうとは、この時のレッドが知る由も無く―――・・・。






推敲更新日

2008年10月05日

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