世界で一番・・・<第3話>






額の宝石に込められたその呪い。

何故こうなってしまったか分らないままで。
何故こうなってしまったか知らないままで。


ああ、何故なんだ―――・・・

問いかけても、決して答えない美麗の青年。
縋っても、怒鳴っても、ただ己を哀れむように顔を曇らせるのみ。
悲しげなその兎のように赤い瞳には何も映らない。

知っているようで知らないその顔―――

ただ、その青年が嫌いだった。
どうしようもなく嫌いだった。
それでも疑問に思わずにはいられない。


―――お前は『誰』だ?・・・と


ただ一つの言葉だけが、心を急かせる。
これはまるで―――唯一闇を差し込む『希望』のように・・・


『世界で一番美しいモノ』―――


探さなければ―――

だがそれはどこにある?

求めなければ―――

しかしそれは何故?

目の前の青年が悲しげに目を細めた。
それを見るのが嫌になり、その顔を切り裂くように水溜りを叩いてしまう。

綺麗な青年―――お前が嫌いだ。


『綺麗なモノ』―――全てが嫌いだ。


この姿を見ろ。この醜い姿を。
この心を見ろ。この穢れた心を。

自分がどれだけ惨めな存在なのかを自覚する度に、諦めの声が諭すように言う。

「・・・ほらな―――」






世界はこんなにも汚れている―――・・・






**********






「―――世界って広いのねぇ・・・」

そんな悠長な事を言って、シャルロットの輝くような眼差しが山の頂上から、見下ろすように自国を見渡した。
生まれて初めて見た外の景色は美しいモノばかりで、世界はこんなにも綺麗だったのかと無意識の笑みを深くする。


―――世界って綺麗・・・なんでこんなに綺麗なのかしら


馬鹿なほど純粋なのは、元からそういう性格なのか・・・彼女を取り巻く環境がそうしたのか、それとも天性のものなのか・・・。
きっと誰もが第一印象だけでなく第二印象すらも『最悪』と言ってしまいそうなレッドにさえ、『頼みを聞いてくれた、少し可笑しな優しい人』などと冗談にも程がありそうな事を本気で思っているのだ。

『すぐに帰って来ないと許さないからなっ!』―――

レッドの言いつけで、早々と戻らなければならない。

(世界にはあんなに怒りっぽい人が多いのね・・・)

そんな事を思いつつも、話せば分かり合えると、またしても奇麗事の妄想を浮べながらシャルロットは辛うじて水が残っている泉で、火傷を負った手を冷やす。
体のあちこちに、今まで経験した事が無い痛みがづきづきと顔を歪ませ、水に浸った手は痺れるように痛んだ。
手を保護していた白手袋は焼け焦げたように穴が空いてしまい、既に使い物にならない。
ドレスだって穴が空いて、少し肌寒さを感じるくらいだ。

「おいっ!早くこっちへ来いっ!」

レッドの、怒号にも似た叫びに、彼の対応にシャルロットは陽気に返事をする。

「ちょっと待って頂戴。もう少し―――」
「待てないっ!」

即答だった。
仕方なくその場から立ち上がり、シャルロットは岩場から覗く長い尻尾が大きくうねっているのを見つめながら、首を傾げる。

「レッド?あなたがこちらへ来ればいいんだわ。そうすれば―――」
「来いっ!」

どうやら行かなければならないらしい。
嘆息しながらも、シャルロットはドラゴンの元へ近づいた。

『世界で一番美しいモノを探している』

レッドの言葉を思い出しながら、シャルロットはそれを探す理由を考える。

世界で一番・・・一番なんて分らないのに。

―――だって


世界はこんなにも美しいのだから―――・・・





**********





山の中間地点は下の森とは違って岩場が多く、生き物が住めるような場所では無かった。
湿気も少なく、むしろ熱砂地方の生物が生息するのには快適かもしれない。 自国にはあった緑が無く、見たことも無い巨大な石を物珍しげにを見渡しつつ、シャルロットはレッドの様子を伺っている。

「―――ねぇ、何故あなたはそんなにも不機嫌な顔をしているの?」
「お前が怒らせるからだっ!」
「・・・私・・・何か怒らせるような事をしたかしら?」

怒っているレッドを心外と思ったのか、柳眉を寄せるシャルロットに、レッドは人で言う『剣幕』の顔つきで怒鳴った。

「お前がこの山に着く途中で『わぁ、綺麗なお花ね』―――って、突然と飛び降りた事を怒っているっ!」

何の前触れも無く、ずいぶんと高さがある空から落ちたシャルロットは、レッドが捕まえるよりも早く綺麗に岩場に着地し、健気に呟いたのだ。

『ねぇレッド。このお花綺麗ね?』

花を湛えたその笑みに一瞬言葉を失いつつも、レッドは本気でその顔を殴ってやろうとすら思った。

「まぁっ!それぐらいいいじゃない。綺麗なモノを見つけたらもっと見たくなるでしょう?」

シャルロットが歌うように言えば、まるで噛み付くようにレッドは叫んだ。

「それだけじゃないっ!俺が怒っているのはそれだけじゃないんだっ!何が『それくらいいいじゃない』・・・だっ!この馬鹿女っ!『まぁ、可愛い熊さん』ってあれは魔物だったんだっ!それぐらい分れっ!」

―――おまっ!
―――レッドっ!見て!

再度シャルロットが飛び降りてしまったかと思えば、よだれを垂らす魔物の血眼に笑いかけて、最後にはその毛を愛でるように撫でていたのだ。
危うく食べそうになっていたのを、レッドが空中から掻っ攫ったのだが、『私空に浮いているわー』と悠長な事を言われてしまい、レッドがここまで不機嫌なのも分るだろう。

「・・・でも、おなかを空かせている様子だったから・・・何かを恵んであげるべき―――」
「それはお前が美味しそうに見えただけだっ!」

シャルロットはレッドの言葉を聞いて息を呑んだ。
やっと理解した事にレッドは見下すように叫ぶ。

「―――やっと分ったかっ!この馬鹿女っ!お前は食われそうになったんだっ!」
「私が美味しそうに見えるなんて、それは光栄ね?」

微笑むシャルロットに、レッドは撃沈してしまった。
既に嫌がらせをするどころか、逆に悪意の無い苦労を負わされている。

だが―――何故レッドはシャルロットを助けるのか・・・?

レッドはそれを考えないようにしつつ、思うとおりにいかない苛立ちから舌打ちをした。

―――人質の癖に・・・っ!

「頂上に来い。俺は先に行く!」
「私を乗せてくれないの?」
「お前と一緒にいるだけで気分が悪いっ!一人で上がって来いっ!」
「ねぇ、ずっと考えていたのだけれど・・・・あなたは・・・私が嫌いなの?」

「大嫌いだな」

即答したレッドの低い声に、僅かながらシャルロットの表情が曇った。

「・・・傷つくわ」

もっと傷つけばいいとレッドは心の隅で笑い飛ばしながら、踵を返す際に尾びれを使ってわざとシャルロットの体を突き飛ばした。

「きゃぁっ!」
「おっと、悪いな」

もちろん軽いシャルロットの体は突き飛ばされるように後ろへ倒れてしまい、それに構わずレッドは翼を広げる。
恐怖すら感じられない少女の陽気な性格が気に入らなかった。

―――どうしようもなく傷つけてやりたいのだ・・・っ!

あの綺麗な顔も、あどけない表情も全て―――

全てこの世の濁りのように、汚してやりたい・・・っ!

「逃げればお前を殺す。泣いたり叫んだり、俺の気に障る事をすれば容赦無くあの世に送ってやる。その時は冥府で一人は寂しいだろうからな。お前の国の連中も数人後を追わせてやるよ」
「え・・・?」

酷い奴だろうと、きっとシャルロットは思っているだろう。

しかしそれしか・・・

レッドは自分自身を嫌悪しながらも、シャルロットの戸惑うようなその視線から逃れるように飛び去ってしまった。



***********




「ここがあなたの住処なの・・・?」

シャルロットはなんとか頂上についてから辺りを見渡し、物珍しげな生物や植物に心を躍らせていた。
彼女としては、本でしか知らないものがあったり、本には無かった未知なる事が分かったり。
しかしそろそろそれにも飽き、シャルロットはようやくレッドに関心が戻ったようだ。
シャルロットはレッドの元へ近寄るが、肝心のレッドは背を向けたまま、生い茂る森を見渡していた。

さながらそれはまるで己の縄張りを見張っているかのように―――

事実、レッドはそのつもりで監視していた。
シャルロットも同じように見渡してみるが、寂寞とした風景が広がるだけ。
しかしレッドの眼が見る世界は、シャルロットの何倍もの広い世界を見渡せる。
―――例え米粒のようなほど離れた距離で、鳥が一羽飛んでいこうと、その羽の柄を事細かにレッドは説明が出来るほどだ。
シャルロットはレッドの様子を伺いながら洞窟の探索に関心が向いたようで、ふと天井にぶら下がっている綺麗なものを見上げる。
滴る水を手の平で受け止めた時の冷たさに驚き、感動して、シャルロットは目を輝かせた。

「冷たくて気持ちい・・・」

ようやくレッドは恍惚するシャルロットの声音に反応し、長い首を背後に回す。
今度はシャルロットがその痛いほどの視線に気づけず、冬溶けの季節、あって当たり前である氷柱を見上げて、シャルロットは吐息を零した。


「・・・綺麗」


ただの氷をシャルロットは綺麗だと言う。


―――気に入らない


レッドは舌打ちをして、不機嫌そうに言葉を吐き捨てた。

「そんなもの。綺麗でもなんでもない。ただ水が冷えて固まっただけの物じゃないか。宝石の方がよっぽど綺麗に決まってるだろっ!」
「―――あら。この世には綺麗なモノなんてたくさんあるわ。誰にもどれが一番綺麗かなんて分らないもの・・・。私が住むあの国だって緑がたくさんあって綺麗だし、小さな花だって綺麗だと思うわ。この世の中には綺麗なモノがたくさんあるのね」

「・・・吐き気がする女だ。この世は濁っているって言うのに・・・。穢れて汚れて・・・腐った世界だ。綺麗なモノなんて一つも無い・・・っ!」
「―――そうかしら?城の中の、あのドロドロした関係よりはマシだと思うわ。だって私が外に出ると、太陽がこんなにも綺麗で、空がこんなにも美しくて、人がこんなにも生き生きして・・・。綺麗だわ。世界は美しいわ」
「箱入り娘が・・・っ!奇麗事しか言わないお前は俺を見てなんとも感じないのか?この汚れて穢れた姿・・・っ!」
「あら?誰があなたを汚れていると言ったの?」

静かに、ただ本当に不思議そうにシャルロットは言った。


「―――誰が、あなたを穢れていると決めつけたの?」


レッドは黙ってしまう。
ただ、どうしようもない感情が沸き起こり、シャルロットに対してではない怒りが容赦なく襲い掛かった。

―――誰が決め付けたかと?


「世界だっ!」


レッドの怒号が背後にいるシャルロットに向かって飛んだ。
山彦のように洞窟にレッドの声が言霊する。

「ねぇ・・・レッド」
「黙れっ!」

近づいてくるシャルロットを威嚇するように、唸りを上げてレッドの尻尾が勢いよくシャルロットを突き放した。
鱗がぎっしりと、それも最強を纏った鉄の尾は速度が加われば、肉を引き裂くような凶器となる。

「きゃぁあっ!」

短く悲鳴を上げて、やはりシャルロットはその場に倒れてしまう―――が、まるで反発するかのように体を起こして、立ち上がった。

―――気に入らない

目を合わせる事無く、シャルロットが何か言うより早く再び鞭のように撓る尾がシャルロットに襲い掛かった。
鈍い音が、痛々しさを引き立たせる。
本気の攻撃では無いにしろ、人間にして見れば骨が折れてしまったと思うぐらいの衝動に、さすがのシャルロットも痛々しげに柳眉を寄せる。

「レッドっ!痛い…!」

少し不満そうに口を尖らせ、短く悲鳴を上げて訴えて来たが、レッドはそれに対して満足していた。

―――いい気味だ

もっと痛めつけてやりたいと、レッドの黒い心が願う。
綺麗なその顔を傷つけてやりたいと願いながら、その綺麗な心も嫉妬や憎悪などで汚してやりたいと・・・ただ全てが綺麗なシャルロットに嫉妬した。
シャルロットは邪魔してくるレッドの尾に転ばされ、それを幾度と繰り返していても怒った様子は見せない。
一心に近づいてくるシャルロットの存在に、レッドも懸命に近づかせまいと恐怖にも似た思考から邪魔をし続けたが、ついに顔を覗きこむようにシャルロットは接近した。

「レッド・・・」

シャルロットの表情に、やはり恨みも怒りも見当たらない。
ただじっと、何かを観察するようにレッドを凝視するのだ。
逆にレッドの方が怖気ついたように、少し後ろへ下がる。

「な、なんだよ・・・っ!お前に文句を言われる筋合いは無いんだ」

その無邪気な瞳と目が合い、綺麗だと感じる事に嫌悪した。
ふいに、シャルロットは囁くように―――惚けたように恍惚と呟いた。


「あなたの赤い目・・・綺麗ね。まるで炎を宿したルビーのように綺麗だわ・・・」


レッドは息を呑む。
同時に、その裏の無い無邪気な微笑みに目を奪われた。
視線だけではない。その思考すらも、一瞬麻痺してしまう。

「綺麗・・・だと・・・?」
「―――綺麗ね。やっぱり世界は美しいわ。だってあなたが穢れているなんて嘘だと思うもの」

歌うようにシャルロットは再度言った。
嘘を言っている訳ではないと分っていたからこそ、レッドは暴言さえ吐き捨てるのを忘れて少女を凝視する。
綺麗だと言われた事が信じられず、それは嘘だと根拠も無い事だと、心の隅で自分を戒めた。



―――綺麗だと??そんな馬鹿な・・・っ!!



それでもくすぐったいような気持ちは治まらない。
褒められた・・・のだろうか。けれど、それを素直に受け止められるほどレッドはまっすぐではないのだ。

「ふん。そんな事で俺の機嫌が直るとでも―――」
「・・・でも歯は汚いわ。きちんと歯を磨いている?虫歯はこの世の天敵よ?」
「・・・っ!!」

わざわざ気に障るような事を―――と、レッドは反論する余地をなくしてしまった。

「うるさいっ!」

先ほどのような荒々しさは無く、その声には少しばかりの恥じらいが含まれていた。
レッドは思わず言葉よりも手が出ると言った様子で、その長い尾びれでシャルロットの体を押しのけて引き離す。
その際、体の温度が上昇していたために、シャルロット右腕が服の一部が焼け焦げると同時に白い煙が僅かに立ち上がった。

「・・・っ!」

声にならなかったような悲鳴に、レッドの心に迷いのようなものが生じた。
無意識のように、慌てて体温を下げるものの、既に体が接触していないためにあまりその行為に意味は無い。
再びシャルロットを見つめてみれば、その体の所々に焼け爛れたような火傷の跡や、登山の際に追ったかすり傷が目立つ。
それでも―――傷ついても少女の美しさは変わらない。
やはりそれが気に喰わないと思いつつも、レッドの中に別の感情が入り混じった。

汚してやりたいと思う反面、汚してはいけない気がする。
傷つけてやりたいと願う反面、傷つけたくないと思ってしまう。


―――この感情は・・・なんだ?


だが、ひねくれのドラゴンは考えをすぐに振り払う。
可能性の全てを―――否定する。
肯定などしない。感情移入などするだけ無駄だと己は知っている。
穢れた世界に、美しいものなどないのだ。
この姿を思い出せ。綺麗なわけが無いのだ。
この心だって、まるで穢れの全てを背負い、渦巻くように澱んでいるのは、『世界』が―――・・・


「レッド・・・?」


雰囲気が瞬時にして変わったレッドに、シャルロットは心配そうに覗き込んでくる。
それも、許せなくなった。

―――何故こうも・・・こんな綺麗な目でいられるんだ?

「レッド・・・?」

その美しい声。その美しい容姿。その美しい心―――
無いモノを全て―――この少女は持っている。
美しい―――
この少女は美しい―――・・・

己はこんなだというのに、未だ完璧を崩さない彼女に、レッドは劣等感を抱いた。

こんなのは、不公平だ!

どす黒い感情に、シャルロットを見る目が変わってしまう。



***********




「・・・レッド?」

シャルロットは最初こそ安堵した。
だってその表情に穏やかさを見たから、笑うように歯を見せたその顔が嬉しかったのだ。
しかし―――人が変わったようにレッドの表情が冷え切ってしまうのを見て、恐ろしさのような感情を抱いてしまった。

―――怖い

そんな感情は初めての経験だ。
思わず後ずさるとレッドの紅蓮の両目が、獣を思わせる目力を込めてこちらを睨みつける。

「・・・レッド?」

もう一度名前を呼んでみる。
しかし返事は無い。
一歩一歩レッドの大きな足がこちらに近づいた。
その一歩も大きく、のっしりと。
まるで追い詰めるように―――・・・


「獣に『汚される』ってどうなんだろうな?」
「・・・えっ?」
「―――例えばそんな事をされても、それでも世界は美しいと・・・お前はそう言えるのか?」

「一体どうしたの?レッ―――」

言葉が途切れた。
レッドの伸びた片手がシャルロットの右手を強く握り締める。


「それは、屈辱以外の何者でも無いと思わないか?」


腕を覆う白いドレスの袖が溶けたように燃えてしまい、服がこげる匂いが微かに広がった。

「熱いっ!」

シャルロットは悲鳴を上げた。
その声に構わず、レッドは力任せにシャルロットを寄せ付けると、その顔を覗きこむ。
獣の独特な匂いが広がった。


「・・・こんな俺を・・・お前は綺麗だと言ったんだぞ?―――ありえねぇだろう・・・」


獣の目が、悲しそうな色を湛えてシャルロットを見た。

人間の、表情だ―――

鱗に覆われたその顔に、『人間』らしさを見つけシャルロットは目を見開く。
揺れていて、潤んでいて、まるで泣いている様に鋭い瞳孔はシャルロットを映し出す。

「―――お前は世界の残酷さを知らない。世界を、知らなさ過ぎる」

その言葉に、棘も荒々しさも無い。
レッドは言った。


「お前はむかつくから―――綺麗だから、無性に汚したくなるんだよ・・・」






推敲更新日

2008年10月05日

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