世界で一番・・・<第10話>






シャルロットは肌寒さに身震いし、重く閉じていた瞼を躊躇いながらゆっくりと開いた。
見覚えの無い冷色の壁を見渡して、いつの間にか洞窟にいる事に状況が理解出来ず、首を傾げる。

「レッド・・・?」

シャルロットは体を起こし、殺風景な洞窟の中を見渡す。
天井からは鍾乳と、冬が終わったのにもかかわらず、溶けかけたツララの残りがぶら下がっていた。
少しだけ冬の寒さは残っているが、北風が入り込まないこの場所は比較的過ごしやすかった。
振り返ると、そこは暗闇を照らす様に光が差し込んで、洞窟の出口である事が分かる。
シャルロットは洞窟の奥にレッドがいるのではないかと思い、振り返った。

「レッドっ!」

しかし返答はなく、ただ山彦のようにその声は跳ね返って言霊を返すだけ。

「レッド・・・。どこへ行ったの・・・?」

ただ寂げにぽつりと呟いてから、シャルロットは立ち上がる。
ドレスの裾を持ち上げてから、迷わず洞窟の外へ出た。 雨が降ったのだろうか―――水溜りの多いと感じる、湿った土。
朝の匂いが鼻をくすぐるり、今日は快晴の空が広がって、雲ひとつ無い青が印象的だった。
広がる緑の森と、自分の国を見つつ、ここがレッドの寝所である事を思い出した。

「―――レッドは・・・ずっと一人でここにいたのかしら・・・?」

シャルロットは見渡しながらも、何も無い岩石だけの土地に飾りなどはなく、ましてや生き物の息吹すらも無いその場所に向かって呟く。
生活感はまったく無い場所だったが、確かに残っている臭いや足跡が彼の居場所なのだとシャルロットに教えた。
自分が来る前、レッドはずっとずっとここで暮らしていたと考えると、それは酷く寂しいものじゃないかと思った。
だって話し相手もいないし、顔を合わせる相手も無い。

笑う事も怒る事も出来ないとは―――それは一体どういう気持ちなのだろう。

孤独を味わってきたレッドの事を考えると、シャルロットは酷く胸が痛むのを感じた。

いつからだろう―――?

レッドの傍で、レッドともっと話をしたいと思い始めたのは―――

今もこの森のどこかで、一人で佇んでいるのだろうか。

怒る時も、まるで自分を傷つけるように悲しそうな顔をする。
傷つく時も、まるで泣きそうなほど顔を歪ませる。
笑う時も―――とても寂しそうなのは何故だろう?


そして水辺に写ったあの青年は――― 一体・・・


ほんのり赤くなった頬を自覚せぬまま、シャルロットは再び現実へ戻った。

「レッド・・・」

たった一人で生きてきたレッド。

同情していると言われればそうかもしれないけれど、可愛そうだと思っていると言われればそうかもしれないけど―――

レッドを一人ぼっちにしたくない気持ちに、シャルロットは山を下りるように走り出した。




**********





レッドは常日頃から水飲み場として使っている泉を訪れていた。
きっとお腹を空かせているだろうから、食べ物を持ってこなくては。
いつもは兎とか、モグラとか・・・とりあえず肉食系のレッドはそんなのを捕まえては丸焼きにして食べていた。

しかし―――

「・・・シャルにそんなもの出して泣かれてもなぁ・・・」

何故殺したの?―――と、泣かれるのは嫌だ。
嫌いになられるのは嫌だから、レッドはあえて無難な魚を取ろうと青々と透き通った泉を見下ろす。
鱗が太陽に反射して光り輝き、それが点々と動いているのを眺めながら、レッドはどうやってこの魚を捕ろうかと考えた。

「・・・ここは無難に釣り道具と餌を・・・―――」

呟きと同時に、レッドは目を丸くする。

―――釣り?

何故そんな言葉を知っているのだろうか?
ただ、酷く懐かしい言葉だ。
たしか―――一人でも楽しめる唯一の遊びで、落ち込んだ時や腹立たしい時はそうやって・・・


「俺・・・どうしてしまったんだ・・・?」


レッドは不安に駆られ、一人呟く。
そんな記憶があるとは思わなかった。
シャルロットと関わるうちに、自分の記憶というものが次々に戻ってくるのだ。
それがとても恐ろしいことの様で、レッドは水辺に写った青年の苦渋の表情を見下ろす。
だって、それが果たして自分にとっていい事なのか悪い事なのか分らない。
いい記憶ならいいかもしれないが、悪い記憶ならば思い出さないほうが幸せなのかもしれないと思うのは当たり前だ。

しかし―――思い出したいような思い出したくないような・・・

レッドが眉を寄せると、青年も同じくして俯き加減になる。


―――世界で一番美しいモノ


すなわちレッドが世界で一番好きな人。
見つけて何をすればいいのか分らない。
見つければ何が起こるのか分らない。

やはり見つけるだけでは―――駄目なのだろうか?

世界で一番美しいモノを『手に入れる』。


それは―――


「シャルを―――手に入れろという事なのか・・・?」


自問するようにレッドは青年に尋ねるが、その青年が答えることは無い。
シャルロットを手に入れる。
それは一体どうやって?
シャルロットの何を手に入れればいいのか分らない。
シャルロット自身をずっと自分の手元に置いておけと言うのか?

「それは出来ないっ!」

レッドは己の中に浮かび上がった、幻想に似た甘い夢を拒絶するように叫んだ。
こんな自分じゃ駄目だと、レッドは理想よりも現実を選んだのである。
だけど・・・シャルロットとずっと一緒にいられたらいいなとは―――思ってしまうのは確かだ。
独占したいと思う。自分だけのものにしたいと、願ってしまう。
願う事は、罪か?望む事すらも赦されないと?

そんな事は無いはずと思うのだが―――しかし


(決めただろっ!シャルをちゃんと見送るって・・・っ!これ以上好きになっちゃ駄目だっ!自分を思い出せっ!こんな俺なんて―――精々友達程度の『好き』なんだっ!それ以上の感情をシャルに望むなっ!)

図々しいにも程があると、最後に自分を戒めるように呟いた。
悲しげな青年の顔が、諦めている。

―――彼女とどう接すればいいのだろう

レッドは途方に暮れたように思案する。
好きだと認めてしまえば、もう傷つけるような事はしたくないと思う。
しかしレッドは知らないのだ。

相手を傷つけないように接する方法を―――

今まで傷つける事しかやってこなかったために、こんな事で悩む日が来るとは思わなかった。
そもそも相手を傷つけないように接するってとても難しいような気がしてならない。
絶対に傷つけない方法など―――そんな事が果たして出来るのだろうか?

例えばその体に触れなければ傷つける事は無い。
例えば口を利かなければ言葉で傷つけることは無い。
例えば目を合わせなければ目線で傷つける事は無い。


論理的には合っているけれど―――


「・・・。悩むなぁ。傷つけないってどうやれば傷つけないんだろう・・・」

疲れた様に息を吐き、レッドはまた更に悩むように目を閉じた。




―――優しくすればいい・・・




そんな言葉が脳裏に浮かび、レッドは目を開ける。
それは果たして誰の言葉だったのか。

「・・・優しく?・・・・優しくってどうやればいいんだろう・・・」


レッドはそんな事を呟き、「優しく」ともう一度呪文のように唱えてみた。
用は相手を喜ばせればいいのだろうか?


喜ばせる方法―――


「・・・シャルの望みってなんだろう?」

ふとレッドはシャルロットの望みについて考えてみた。
人を殺さないでとお願いされたが、それはシャルロット自身のためになるような望みではない。

彼女は一体何が望みなのだろう?

しかしここで獣のおぞましい咆哮を聞いて、レッドは弾けたように顔を上げた。
泉に写る美麗の横顔が、僅かに剣呑さを秘めるように長い睫毛を僅かに下ろす。


「シャル・・・?」


―――とてつもなく嫌な予感がする


レッドは翼を翻し、シャルロットの香りを辿るように泉から背を向けた。




**********




「あら?あなたの耳はなんでそんなに大きいの?」

シャルロットの陽気な声に返答は無い。
ただその茶色の毛に覆われた耳は一心にシャルロットの声を吸収するようにぴんと張っていた。

「あら?あなたの手はなんでそんなに大きいの?」

シャルロットの陽気な声に返答は無い。
ただその茶色の毛に覆われた両手の爪からは、鋭利に先が見えないほど尖った爪が5本生えているのを見る。

「あら?あなたの口はなんでそんなに大きいの?」

シャルロットの陽気な声に返答は無い。
ただその大きな口からは大量のよだれが地面を汚し、赤い舌と尖った歯が僅かに覗いていた。
その漆黒の両目はあどけない表情のシャルロットを見下ろし、そしてその幅も高さもシャルロットを優に超えている。
茶色の毛に覆われ、まるでオオカミでも連想してしまいそうな体だが、その足は植物のように緑色の手蝕に覆われていた。 ちなみにこれは植物なのだが、その食欲は動物だって丸呑みにするほど食いしん坊だとはシャルロットは知らない。
もしかしたらレッドよりも大きいかもしれないその魔物はゆっくりと口を開けて、咆哮を上げた。
耳を塞ぎたくなるようなその声に、シャルロットは目を丸くする。

「―――あら?あなたの声はなんでそんなに大きいの?」

もちろん返答など無い。
魔物の口がシャルロットの視界を奪い、いまやシャルロットには青空は消えて、異臭のただよう口の中しか見えていなかった。
そのまま地面を丸呑みにする勢いで、シャルロットはその口に覆われる。
ごくりと、そんな嫌な音が響くと同時にレッドがその現場を空から目撃してしまった。




**********





飲み込まれた事に呆然とし、レッドの頭は真っ白だ。
ただ同じ光景がぐるぐると頭を駆け巡る。

なんだ今の音―――

なんだ今の光景―――


なんなんだ今のこの状況―――っ!



そもそもなんで逃げなかった?
普通は逃げるだろう。

ああそうだ。彼女に常識を求めてはいけない。

きっと「大きな口ねぇ」とか「大きな手ねぇ」とか、そんな悠長な事を言っていたに違いない。


むしろ断言できる・・・っ!


ぬぁあああっ!一人にしておいたのがそもそもの間違いだったんだ。
シャルロットのような人間は魔物にとっては極上の獲物。

だからってあんなあっさり食べられなくても・・・―――

―――というか呑気にそんな事考えている暇は無い。
今先決すべき事は―――



「シャァアア―――ルっっ!!」


断末魔の叫びにすら例えられそうな声を張り上げて、血相を変えたレッドは即座に一回りほど大きい魔物の元へ降り立った。
魔物の赤い目がレッドを映し出し、しかし相手が何かをするよりも早く問答無用とばかりに口に手を突っ込む。
その際、凶器のように並んだ鋭利の歯に鱗を数枚剥がされ、痛みが走ったがそんなものに構っていられるほどレッドは冷静ではなかった。

「シャル・・・っ!」

早く助けないと窒息死―――あるいはその胃の酸にやられて死んでしまう。
ねちょねちょと気持ち悪い感触すら気になる事はなく、ついにその器官に手が入っていく。
更に相手の鋭い牙が腕に食い込むが、そんなのを気にする余裕は無論無い。
痛みに顔を歪ませながらも、レッドは魔物の胃袋から大きな手を感触だけで見つけ出すとそれを一気に引き込んだ。
魔物が苦しそうに咆哮を上げ、それと同時に唾液なんだか胃液なんだかに濡れて、レッドの腕ごとシャルロットは救出される。

「シャルっ!」

得た酸素に咳き込むシャルロットを腕に抱えあげて、その魔物から逃げるように踵を返すと翼を広げた。
怒っていると分るその魔物の足―――手蝕が襲い掛かり、足に絡めつく。

「離せっ!俺はお前の相手をしている暇は無いっ!」

レッドはその手蝕すらも引き千切るように、尚も前に向かって翼を広げた。
しかし、普段なら難なく振りほどけるというのに、体に力が入らない。


(何故だ・・・!?)


こんな風に魔物に襲われる事はレッドでもよくある話で―――だが、何故こんなにも自分は苦戦しているのかが分らなくなる。
痺れとも違う。だが確かに言える事。
それは―――・・・




(俺は弱くなっているのか・・・?)




ふいに小さくむせ返るシャルロット。
苦しそうに、纏わりつく粘膜で呼吸が取れないようだ。
顔が真っ青で、それに危機感を抱いたレッドは彼女の体を大事そうに抱えながら、レッドはただ我武者羅に翼を力ませた。
空に逃れればそれでいい。

「離せっ!」

引き千切るように、触手は伸びきり、ついに諦めたように魔物は手蝕を解いた。




**********




「シャルっ!シャルっ!」
「レッド・・・」

泉の傍に横たわっているシャルロットはのろのろとレッドを見上げる。
その顔色は悪く、目にも力は無い。
服から髪まで滑った液体に晒され、てかてかと太陽の反射によっては光って見えた。
シャルロットは言った。

「―――レッド・・・。あの中に魚が泳いでいたわ・・・。鳥もいたし、花もあったわ・・・。世界には・・・変なところに住み着く生き物も・・・いるのね・・・?だけど私には、ドレス用のコルセットで締め上げられたように・・・狭くて、居心地が悪かったわ・・・」
「シャル・・・それはとてつもなく前向きな考えだが、見たのは全部不運にも食われた奴らだぞ?そんな場所に望んで住み着く馬鹿はいないし、居心地悪いのは当たり前だろう?俺だって嫌さ・・・」

もう呆れて言葉が続かない。
さらにシャルロットは続ける。

「・・・きっと・・・生まれてくる赤ちゃんは今の私と、同じ気持ちよ?・・・あんな狭い場所・・・それにねばねばして・・・正直気持ち悪かったわ。泣いて生まれてくる気持ちも―――分るわね・・・。もう二度とあの中には入りたくないわ」

「―――お前、それが食われかけてた奴の感想か?」

脱力してしまう話だ。
なんだか必死だった自分が馬鹿みたいで、レッドは肩の力を抜く。
シャルロットは起き上がらぬまま、自分の体を確かめるように視線を泳がせてから、怪訝そうに尋ねた。

「レッド。私こんなにピカピカ光っているのに、何故か美しいと思えないわ。レッドはどう思う?レッドは私を、美しいと言うけれど・・・私の今の状況―――光ってるけど綺麗に見えるかしら・・・?」

レッドはぐったりとしたシャルロットを上から下まで見下ろす。
綺麗も何も―――そんなよだれだか胃酸だか分らないようなモノを身に纏った時点で、その判定基準が間違っているような気がしてならない。
自ずと、胸の奥からどうしようもない感情が押し寄せて来る。


「―――くっ・・・っ!」


なんだかくすぐったい様な、堪えきれない衝動が喉からはき出た。

「ふはははっ!シャルっ!そんな様でっ!くくくっ・・・っ!きれ・・・きれ・・・綺麗・・・っ?キラキラ・・・して・・・くく・・・綺麗だなんて―――む・・・無理があるっ・・・っ!はははっ!」

もう大爆笑だ。
息が続かなくて呼吸が苦しいし、腹が痛くて涙が出てくる。
それを少なからず不機嫌そうに柳眉を寄せて、シャルロットは呟いた。


「―――何故かしら?・・・酷く不愉快だわ」


それでもレッドは笑った。
今までに無いぐらい心の底から笑った。
そもそも、こんなに笑ったのは―――初めての事だ。
少なからずシャルロットは唇を尖らせていたが、それでも最後は穏やかに微笑んでいた。




**********




木を集めてから、レッドは小さく息を吹きかける。
ぼう、と沸き起こったような小さな火が木を燃やし、暖かな炎へと変わった。
温まるようにその小さな両手の平を当てているのはシャルロットだ。
ドレスは既にべとべとだったため、シャルロットがきちんと泉の水で綺麗にし、白いドレスを木に立てかけて、取った魚に紛れて乾かしている。


故に彼女の今のその格好は―――


「・・・っ!」

レッドはなるべくシャルロットを見まいと、赤い顔を更に赤くしたまま俯くように下を見る。

女性の下着姿など―――それは夜を共にしない限り見られない事だ。

しかしシャルロットはそんな羞恥などなんのその。
平然とした様子で、ただ温かみのある炎に手を当てていた。
シャルロットの白い足を見ても顔が自然と熱くなる中、ふいにシャルロットは惚れたように呟く。

「―――この赤い炎・・・綺麗ね。まるでレッドの赤い目にそっくりよ」

レッドは目を丸くした。


―――炎が赤い?


脳裏に駆け巡った自分の国での『常識』を思い出し、レッドは息をついてそれを否定する。


「―――俺の国では、炎は『橙色』って言うんだ」
「橙?炎は赤いわ」
「それでも橙色なんだ。赤は嫌われてるから・・・」

全てが赤であるレッドは、自分で自分を否定しているような感覚に、眉を寄せた。


そうだ―――


赤は嫌われていた。
だから自分も嫌われていた。


その目が赤かったから―――


赤いだけで嫌われたんだ。
嫌な記憶を思い出したと、レッドはずきりと胸が痛むのを感じる。

「血の色はなんて言っていたの?」
「黒」
「じゃぁ、バラの色は?」
「・・・俺の国じゃ、バラなんて咲かないんだ。あっても、青いバラぐらいだな」

息を呑むシャルロットの気配がした。

「赤いバラは咲かないの?」
「咲かせないようにしてるんだ」
「何故?」

「―――赤は嫌われているから」

もう一度、同じ事を繰り返した。

「俺の国は―――海の豊かな王国で、青が中心なんだよ。お前の国が緑で溢れているように、俺の国も青で溢れている。騎士団の名前だって『ブルーローズ』。赤は除外されるんだ」
「・・・レッド?それは私の国の隣―――レドリスト王国の事?レッドはそこが生まれた場所なの?」

その言葉にレッドは驚いたような表情をしたままシャルロットを凝視する。
―――が、直ぐに直視出来ない状況から視線を下ろし、レッドは信じられない思いからおずおずと頷いた。


―――隣国<レドリスト>?


自分は・・・そこで生まれた。
しかし―――自分が誰だったのかまでは思い出せない。


思い出すのが―――怖い。


「赤は・・・汚いんだってさ。赤は嫌われる色なんだ。危険な色なんだ。魔物のほとんどの目の色が赤だし、お前の国でも赤いドラゴンなんて・・・」
言っていて自分が惨めに感じ始めた。

嫌いだ。赤い自分が―――嫌いだ。
嫌われた色を身に纏った自分が嫌いだ。

レッドは無意識のうちに歯を食い縛り、そっとため息をつく。



「―――あら、レッド。赤は綺麗なのよ?」



あっけらかんと、シャルロットの陽気な声が言ってしまう。

「青いバラの花言葉を知っている?『不可能』ですって。だけど赤いバラの花言葉は『愛情』よ。同じ花なのに、色が違うだけでこれだけ意味が大きく違ってしまうのね。けれど青いバラって不自然だわ。それは人が勝手に作り出したものでしょ?偽りの美しさのような気がしてならないわ。だけど赤いバラは自然に出来た神からの贈り物よ?赤は祝福されているの。ルビーだって『熱情』っていう宝石言葉があるのを知っている?美しいモノは目に見えないのよ?」

シャルロットは続けた。

「青いバラは綺麗なのでしょうね。だけど私は赤いバラが好きだわ。赤い花に込められたその美しい言葉が好きだわ。―――ねぇレッド?この世に赤がなくなってしまったら、愛を意味するモノが何一つなくなってしまうのよ?情熱の赤が嫌われる理由なんて無いのに・・・。だって私、色の中では赤が一番好きだから、薔薇の花が万弁に広がる場所で告白されてみたいと思うもの。『愛している』って言われているみたいで素敵じゃない?だから赤い薔薇は私の一番大好きなお花よ」

レッドはただの慰めなのだと戒めながらも、その言葉に心が温かくなるのを知った。
思わず顔が綻び、下着姿である事も忘れてシャルロットの無邪気な微笑を目に焼き付けるように見つめる。

「―――赤い、綺麗な目。炎を閉じ込めた宝石みたい。そんなレッドの目も綺麗だと思うの。透き通っていて、むしろ抉り取ってやりたいぐらいだわ」
「・・・。おぞましい事をけろっと言うなよ」

シャルロットは声を立てて、楽しそうに笑う。
レッドも釣られるようにして笑い、また更に溶け合った二人の距離は縮まる。


シャル・・・―――ありがとう・・・


彼女の一言で、自分の赤に対する印象が変わった。
シャルロットが赤を好きと言ったのだ。
彼女が好きと言うものは全て好きになってしまう。


だから―――


レッドは目元を和ませたまま、シャルロットの顔を見つめ続けた。
好きが大好きに―――大好きがまた更に上の段階をいってしまう。

もっと笑って欲しい。
もっと話して欲しい。


シャルロットのいるこの世界は―――・・・


「―――シャル。お前と出会えて本当に良かった」

本音が思わずそう呟けば、シャルロットが酷く驚いたような顔をした。
しかしそれも笑顔に溶け込むように消え、シャルロットははしゃぐように言う。


「私もよっ!」


レッドは知らない。


その額に宿された宝石に、見えないほどの小さなヒビが生じた事を―――


彼に残された時間は・・・あと少し。
それを裏付けるように、悪竜を退治すべく準備された小さな軍隊が来るとは、この時にはまだ知らなかった事だ。






推敲更新日

2008年10月05日

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