神風のアステ<第2話>






「裏切り者っ!」

それは少女の声―――悲鳴に似た怒涛の叫びが地下に轟いた。
瑞々しい音が同じ間隔で地下牢に響く中、太陽の光が届かない一角の牢から血の匂いが蔓延している。
その牢の中―――少女は左右から二人の男に束縛され、今にも倒れそうな体を無理やり立たせられていた。
まるで袋を被ったような囚人服は両腕と両足が露出し、胸元すらも見えそうな勢いだ。
ムチや刃物によって抉られた、拷問による生々しい跡が、肉の少ない白い肌を赤に染めている。
既にぼろぼろの状態であろうその少女は、それでも心だけは壊れていないともで言うように、前方の執行人を睨みつける。

「―――お前だけは決して許せはしない・・・っ!この裏切りは高くつくぞ・・・っ!」
「裏切りも何も無い。最初から俺とお前は敵だった。ただそれだけだ―――」

さも同然のように、少女の殺気を流す男は涼しげにそう答えた。
ますます、少女の形相は険しいものとなる。

「その面・・・決して忘れるものか・・・っ!」
「嫌でも忘れたりはしないだろう。―――なんせ一度は気を許した男なのだからな・・・」
「貴様・・・っ!」

―――許せない

少女は血を吐く思いだった。
味方だと思っていた、有能にして親愛なる部下は、敵の指揮官だったのだ。
最初こそ寝返ったのかと思えば、その男は『神風』と呼ばれた少女にこう言った。

―――俺達は『もと』から敵同士だったんだ・・・と。

少女は嘗て信じた部下に、こんな屈辱を受けている怒りで支配されていた。

いや―――

彼女は、別のところで怒り狂っているのだろう。

何故守ってくれたのかと。
何故優しくしたのかと。
何故―――・・・

少女は泣きそうな顔をしながら決して泣く事はしない。
ただ少女の心を抉った衝動は大きかった。

冷たい印象を孕んだ牢屋は松明が無ければ暗く、男の姿もただ輪郭だけが浮き上がっているだけだ。
男は、執行人として責任を全うするには、まだ若かった。
しかしそれ以上に、その少女は若い。
見つめ合う二人は言葉を交わさずとも、まるで会話しているように見える。

少女は憎しみと怒りの沈黙で―――
男は無情と冷酷な視線で―――

その地下牢は冬場であるという事もあり、かなり寒いはずだったが、今は熱気に包まれて額から汗が吹き出る勢いだ。
その理由は、執行人の手に持っているものが関係しているのだろう。
牢屋の端に設置されていた釜戸は火を燃やし、並みではありえない高温を豪と煮やしている。
その中に突っ込まれていた長い鉄の棒を執行人が取り出し、それが何かを少女に見せつけるように、先端を目の位置まであげた。
先にあった罪人用の刻印は親指ほどの大きさで、真っ赤に焼け爛れて火を保ち、尚もどろどろと溶け込んでいる。
もしもそんなものを皮膚などに押し付けられたりしたら―――

「・・・っ!」

やはり拭いきれない恐怖を感じるのだろう。
少女は息を呑んでその刻印を凝視すれば、左右で少女を捕らえる男達がしっかりとその両腕を抱えた。
同時に、執行人の男が刻印を入った鉄の棒を真っ直ぐと少女の胸元に向け、そして―――

「―――歯を食い縛っておけ」

敵である男の一言と共に、少女の口の中に麻布の塊が押し込まれた。
段々近づいてくる熱量に怯み、少女は抗う事も無く麻布に歯を立てた瞬間。


―――じゅわりと、沈黙の牢屋に響く。


同時に肉の焼けた匂いと白い煙が立ちこみ、少女の苦悶を押し殺した悲鳴が牢屋を震わせた。



ドロワット人(右)とゴーシュ人(左)―――
支配する側(男)と支配される側(女)―――




施された刻印は、男の所有物となる事を証明する証だった。





推敲更新日

2007年9月14日

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